ホーム聖なる性 > なぜ「イケない」のか

なぜ「イケない」のか

技法の前に、見るべきこと

中イキ、クリイキ、不感。技法の本は方法を教えるが、そもそも何が起きているのかを説明しない。この問いを分解して、どこに手を打つべきかを整理する。

その問いには、いくつもの中身が混ざっている

「イケない」という一言には、まったく違う状況が同居しています。

これらは原因も対処も別ものです。にもかかわらず、技法の本はどれにも同じ答えを出します。 「この触り方を試しなさい」と。

まず、自分がどれなのかを見分けるところから始めます。

先に、身体の側を確認する

技法の話をする前に、必ず通るべき道があります。

次のような状態があるなら、それは技術ではなく医療の領域です。

抗うつ薬の一部には、オーガズムを起こりにくくする作用が知られています。 自分を責める前に、婦人科や処方元に相談してください。「そういう相談をしていいのか」と思うかもしれませんが、していいことです。

「イこうとすること」が、いちばんの妨げになる

身体の側に問題がないとき、次に見るのはここです。

オーガズムは、注意が広がっている状態で起きやすくなります。ところが「イかなければ」と思った瞬間、注意は狭くなります。

この三つは、すべて観察者の位置に立つ行為です。 自分の外から自分を見ている。その状態では、感覚に沈み込めません。

技法書が「リラックスして」と書くのは正しいのですが、リラックスしようと努力すること自体が緊張を作るという逆説には触れていません。

有効なのは、リラックスを目指すことではなく、目的を降ろすことです。

相手がいるときに起きること

ひとりならイケるのに相手とだとイケない ── これは非常によくあります。

理由の多くは技術ではなく、注意の向き先にあります。

最後の項目は、思っている以上に多くの人が抱えています。一度そうしてしまうと、本当の反応を見せることが難しくなる。 これは技法では解けません。言葉の問題です。

「中イキ」という言葉について

日本語圏で特に強く流通している言葉なので、はっきり書きます。

膣の内側だけで独立して起きるオーガズムがあるのかについては、研究者のあいだでも見解が分かれています。近年よく言われるのは、陰核は外から見える部分だけではなく、内部に大きく広がっているということです。膣壁を通して刺激されているのが、その内部構造である可能性が指摘されています。

つまり「外イキ」と「中イキ」は、別々の現象ではなく、同じ器官への別の触れ方かもしれない。

ここから言えるのは、「中でイケないのは劣っている」という前提そのものに根拠が薄いということです。その前提が、多くの人を不必要に苦しめています。

「中イキできるようになる」という商品や講座は数多くあります。それが役に立つ人もいます。ただ、できないことを欠損として扱う語り口には、注意を向けてよいと思います。

では、何をするのか

順番として、こうなります。

一、身体の側を除外する。 痛み・乾燥・薬。医療にかかる。

二、目的を降ろす。 「イく」を目標から外す。これがいちばん効きます。

三、感覚の地図を作り直す。 どこに何を感じるか、性的でない状態から確かめ直す。

四、必要なら、言葉にする。 相手がいる場合、技法より会話のほうが効きます。

三番目の具体的な手順は、呼吸とからだ に書きました。ここでは特別な道具も相手も要りません。

そして、もし過去に辛い経験があるなら、順番が変わります。からだが憶えていること を先に読んでください。

最後に

イケることが、良い性の条件ではありません。

伝統がこの主題を扱ってきたのは、頂点に到達するためではなく、そこで意識に何が起きるかを見るためでした。到達を目的にした瞬間、それは達成すべき課題になり、いちばん遠ざかります。

急がないことが、ここでも近道です。

← 聖なる性の目次へ